DANCE HISTORY OF A MAN

0071_GYPSY

  • LINEで送る
gypsy
全てに関して圧倒的なJUNGLEのショーが終わり、会場はまたDJタイムに戻った。
会場にいる大多数の人達がそうであった様に、私の中でも興奮は冷めやらない。
後に「JOEのクリスマス」と呼ばれ、我々の中で伝説となったショータイムであった。

 

このパフォーマンスが終わっても、まだまだビッグネームが2グループ残っている。
なんと贅沢な事だ!

 

確か30分程度であったと思うが、短いDJプレイ中にJUNGLEが使用したフロア形態を元に戻した。
ミョーな形のお立ち台をフロアのド真ん中にセッティングし直す。
(JUNGLEはこのお立ち台を使用しなかった事により、ブレイキンや6人でのユニゾンのスペースが広く確保出来、最高のパフォーマンスを披露する事が出来た。)

 

次の登場はGYPSYだ。
彼らはJUNGLEとは対照的に、この台を効果的に使う演出のようだ。

 

この頃のGYPSYは、6人から3人に人数が減っていた。
JUN、YANAGI、SHUの3人だ。(敬称略)
後にGYPSYとして世に名が残る面子がこの3人である。

 

やはり大人気グループ。ショーが始まる気配がしてくると、客は場所取り合戦で必死だ。笑

 

曲が流れ、彼らのショーが始まった。
それぞれの個性を反映させたフォーマルな衣装で登場。
例のお立ち台に板付いて、ショートなソロからダンスはスタートした。

 

GYPSYの凄いところは、キャラクターも踊りも三人三様なのに、非常にまとまっている事だ。
それぞれに強烈すぎるキャラクターを持っているのに、それを殺さずに(それがスゴイ!)ショーではしっかりと
チームになっている。
後に我々JAZZ BOOが目指すべき姿であった。

 

以前にも紹介したように、女性ファンが多いこのグループ。
この頃には、JUN氏が「DANCE DANCE DANCE」でレギュラーを務めていた事もあり、にわかダンサー層にも非常に受けが良かった。

 

前述のようにそれぞれの個性を一面に押し出したショーケースが展開される。
勿論、メンバー達には歓声が飛びまくる。
狭いダンスフロアを縦横無尽に動き回るスピーディーで迫力のあるパフォーマンスだ。

 

一曲目の終盤でYANAGI氏のポップのソロに・・・。
当時からイカツイ・・・笑
彼のポッピンに会場全体が魅了された一瞬だった。

 

曲が終わると2曲目が流れ、JUN氏とSHU氏がお揃いの衣装にチェンジして登場。
なんと楽曲はDee-Lite「Groove is in the heart」!!
我々JAZZ BOOと丸かぶり!!(実はリハの段階で知っていたケド・・・)

 

勿論、パフォーマンスはスキルの差が大きすぎる我々とは天と地だ。
私は同じ楽曲の料理の仕方をまざまざと見せ付けられた。
しかし、振付や音の使い方、演出法などは非常に勉強になった。思わぬ収穫がココにも転がっていた訳だ。

 

遅れてYANAGI氏も合流。
この面子には珍しくロッキンのテイストなども入ったニュージャックスイングメインのパフォーマンスが繰り広げられる。

 

後半のこの曲は、前半の半分のスペースでショーが展開。
しかし、スペースが狭くなった分ダンスの迫力は何倍にも増した。
客は一気に狭いスペースに押し寄せパニック状態になっていたが、ショーの演出としては非常に面白いものであった。

 

終始大歓声が飛んだGYPSYのショーもメンバー紹介含め好評のうちに終了した。

 

やはり、プロと言うモノを実感させる素晴らしいパフォーマンスであった。

 

GYPSY(ジプシー)

gypsy_01(6人時代の貴重な写真。Fine 1990年3月号より)
後にカポエイラ・ジャポンの中心人物になる面々達である。
何でもオールマイティに踊りこなし、グループのキーマンであるリーダーのJUN氏を中心に、ポッパーの新境地を開いたYANAGI氏、ブレイキンを中心にフロアが非常に強いSHU氏の3人。
この頃ZOOとして活動していたMARK氏も在籍していたグループである。
この数年後、JUN氏がLAに渡る事で活動は休止。
帰国後はカポエイラ・ジャポンとしての活動で、他数人のメンバーと共に再びチームを組む事となる。
JUN氏、YANAGI氏は、現在でも現役として第一線でシーンに大きな影響を及ぼしている。
gypsy_02
  • LINEで送る